本設備の前身は,旧東京大学航空研究所(現,JAXA宇宙科学研究本部)で1960年初頭から東大駒場IIキャンパスに建設された超音速気流総合実験室および高温気流燃焼実験室です. これらは1989年に東京大学工学部に移管されましたが,流体力学のフロンティアである極超音速流(超高速流れ)および高エンタルピー流(超高温流れ)に関する教育研究を拡充するため, 新領域創成科学研究科のある柏キャンパスへ移設が計画され,2006年,基盤科学実験棟における新たな大型実験設備として完成しました.(沿革と移設の経緯)
本設備の目的は以下のとおりです.
柏風洞においては,駒場時代の極超音速風洞と燃焼風洞をマージした1加熱器2運転モード案が採用されました. これは燃焼風洞の加熱器を極超音速風洞用として使うもので,設備の設置&運用コストを下げると同時に,高速流体と高温流体の融合研究を目指したものとなっています.
本設備は,大学に設置され,学生の教育研究を目的とした極超音速熱風洞として世界にも類のないものです. 燃焼風洞モードにおいて気流は大気開放で,ノズル部も含め研究者が自由に実験を行うことができます. 気流は高温,非プラズマ,有酸素と言った特徴を持ち,高速エンジン内の流れのみならず高温材料の研究などの利用が期待されています. 極超音速風洞モードにおいて,測定部気流は高マッハ数にもかかわらずレイノルズ数が比較的低いという特徴を持ちます.
このことは,粘性と圧縮性の影響が拮抗する特殊な流体環境が生成されることを意味します. 本風洞はこのような粘性干渉効果の研究に適しており,高高度を超高速で飛行するさまざまな物体(宇宙飛行体や隕石など)周り流れの研究に新たな可能性を開くものです. 実際,本風洞で実現する粘性干渉パラメータは,大気圏突入飛行体において最もクリティカルな飛行条件をカバーしています.
本設備は2006年3月に設置工事が完了しており,同7月には通風テストを行いました. 現在は所属・分野を問わず,できるだけ広い範囲の研究者に極超音速・高温気流の実験設備として提供すべく,毎年度実験募集を行っています. 詳しくは利用案内ページをご覧ください.
項目 | 極超音速風洞 | 燃焼風洞 |
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設計マッハ数 | 7, (8) | 1.8 † |
ノズル出口 | φ200mm | 40mm×26mm † |
淀み点圧力 P0 | 最大0.95MPa | 最大 0.7MPa |
淀み点温度 T0 | 400~800℃ | 最大1500℃ |
流量 | 最大 0.34kg/s | 最大 1kg/s |
通風時間 | 60 sec | 100 sec |
貯気槽 | 設計圧 5MPa(G), 容積 4m3 (×1) | |
蓄熱体 / 加熱方式 | アルミナペブル / 都市ガスバーナー | |
排気 | 真空槽(φ7m 球形タンク) | 大気開放(排気消音塔を経由) |
†2014年5月現在設置されているノズルの諸元(燃焼風洞はノズルも含めてユーザーに任されている)
模型 | 射出投入/常時投入 |
最大レイノルズ数ReD (ノズル出口径を基準) | 3.4~7.1×105 |
単位レイノルズ数(1/cm) | 1.7~3.5×104 (M7ノズル) |
粘性干渉パラメータ M/√ReD | 0.01 |
下図は飛行経路と粘性干渉パラメータM/√Reの関係を示しています. 粘性干渉パラメータは,極超音速流における粘性干渉効果を評価する上で重要であり,経験的には0.01のオーダーになるとその影響は無視できなくなり, 揚坑比などの空力性能が低下することが知られています. 本風洞気流の粘性干渉パラメータは粘性干渉効果が顕著になり始める範囲にあります. このような飛行条件は,小型極超音速機あるいは高高度飛行極超音速機や低弾道係数再突入機の場合に相当するため,本風洞において, 上記のような飛行体に関する新たな研究成果が得られるものと期待されています.
流れの速さと音の速さの比がマッハ数です.
マッハ数5以上の流れを極超音速(ごくちょうおんそく) と言います.
つまり,極超音速流れとは非常に速い流れを意味します.
一般に,物体まわりの流れの様子や発生する空気力の特性は,マッハ数によって変化します.
ところが,マッハ数がある程度以上大きくなるとその特性はマッハ数に依存しなくなります.
そのため,最大マッハ数が9の本設備でも,大気圏突入のような超超高速飛行(マッハ数は30にも達します)の様子がわかるのです.
下図は最大レイノルズ数(ノズル出口基準)で整理した場合の,世界の代表的な極超音速風洞中における本風洞の位置付けです. 本風洞はノズル出口径が200mmで,最大レイノルズ数 は,1.8~4.7×105となります. この図から,東大柏風洞は最大レイノルズ数が,他の風洞に比べて1桁以上低いものとなっていることがわかります. つまり,本設備は既設風洞がカバーしていない気流条件での能力を持つことがわかります. このような飛行条件は,小型極超音速機あるいは高高度飛行極超音速機や低弾道係数再突入機の場合に相当するため, 本風洞において,このような飛行体に関する新たな研究成果が得られるものと期待されます.